後編です。
かくかくしかじかなストーリーで
4/27に山形の鶴岡に向かったわけなんだけれども。
今回は私たち3人に加えて
カメラマンのこてっちゃんが巻き込まれる形で参加してくれて…!
東北道から山形道に入った瞬間は
なんだか
「また来ちゃったよ!」
という感覚になったなあ。
再び最深部へ向かっている感じだった。
着いたイベント会場、
鶴岡市のまちなかキネマは新しい映画館で
素敵なところだった。
イベントは2日間で、
1日目は映画「スケッチオブミャーク」の上映とトーク、
2日目は上映とトークと私のライブという流れ。
1日目から大盛況でチケットはソールドアウト。
会場にはたくさんのお客さん。
老若男女、
若くてオシャレな男女も多くって
活気がものすごかった。
夜、
成瀬さん宅で
(庄内の食文化の魅力や民芸品の跡継ぎなどが編集された素晴らしい冊子です!
私もこの日購入!)
お酒を呑む。
興味深すぎる話ばかりが縦横無尽に飛び交う。
山伏の歴史や
庄内の忘れ去られそうな文化
さらに
キツネやタヌキが人を化かす、ということが今でも信じられている
などなど。
私の頭はどの話も聞き逃したくなくて
どの話もすみずみまで理解したくて
常にフル回転。
パソコンでいえばずーっとファンが回っているような状況だった。
その夜、とっても不思議な感覚になった。
それは何かというと
「この数日間が終わるのが寂しい」
という、感覚。
馬鹿みたいな話なのだが
はじまったばかりなのに
寂しい気持ちになっていた。
帰り際寂しくなったりということはあるのだが
はじまったばかりで寂しいという気持ちになったのははじめてである。
曲を作る時に「寂しさ」を掘り下げることが多いので
いつしか自分に芽生えた「寂しい」という気持ちを分析するようになってしまっていて、
まさにこの日は
「メモメモ!」
と自分の中の研究者が叫んでいるようであった。
それだけ
「終わらないでほしい」
と思っていたのかもしれない。
翌日、ライブ当日。
チケットはこの日もソールドアウト。
成瀬さんの意気込みがビシビシ感じられた。
イベントの締めくくりに私のライブ、
ということだったので
しっかりやらなければ
と身がひきしまる。
PAをしてくれる内田さんとともに
入念なリハーサル。
少しずつ気合い注入。
だんだん調子があがってくる。
ライブ前にトークセッションがあり、
私も参加させて頂いた。
フニャフニャな受け答えしかできなかったが
ここでも興味深い話がたくさん聞けて
ステージに居ながらもじっと聞き入ってしまった。
そして本番。
なんというか
この日のライブは
独りで演奏しているが
独りじゃない気がした。
もちろん、内田さんがバッチリなPAをしてくれて
気持ちよい音環境で歌えている、というのが
そもそも「独り」じゃないってことになるのだが
歌いながら、力がみなぎってみなぎって
そのみなぎった力が空へズバーーンと抜けて行く感じがあって
私は、何かと何かの間にある「媒体」のようなものなのかもしれない、
と歌いながら思った。
実はこの日のために
曲を1曲作っていた。
私はいつも消化できない思い出や感覚を曲に落とし込むことで消化する、という傾向があり
今回は誰から頼まれているわけでもなかったのだが
曲を作らなければならない!
という気持ちになったので
急いで作った。
曲名は
「緑と赤と青」
緑=羽黒山
赤=湯殿山
青=月山
という地元の人ならば一発で理解できる出羽三山カラーである。
歌詞は以下の感じ
「緑と赤と青」
緑の社と赤い岩
青い山脈とお月様
鳴り響くほら貝
いにしえの道
古びた巨大な五重塔
太古の森にそびえ立つ
鳴り響く雪下ろし
いにしえから続く
忘れてしまったものがここにはあるよ
私の体なくなっていくかのようだ
ホーライホーライホーラ ホーライヤイヤー
昔々のお坊さま
生きたまま土に入ったとさ
溢れだす涙
いにしえの教え
豊かな時代に生まれて
見えなくなったものがあるよ
私たちに何が
できるのだろう
なくしてしまったものがここにはあるよ
私の体なくなってゆくかのようだ
ホーライホーライホーラ ホーライヤイヤー
ホーライホーライホーラ ホーライヤイヤー
鳥は飛ぶ
風はざわめく
山の上で
大事なこと分かりかけてる
ホーライホーライホーラ ホーライヤイヤー
ホーライホーライホーラ ホーライヤイヤー
ホーライホーライホーラ ホーライヤイヤー
ライブ後に
地元の方から、「この曲を聞いて出羽に生まれてよかったと思った」
というような感想を頂き
すこぶる嬉しかった。
ライブ本編が終わり
その後アンコールを頂いた。
予想していなかったわたしはうろたえたが
秋田のために作った曲
「うつくしい秋田」を
「うつくしいふるさと」に歌詞を替えてうたった。
庄内の風景と、秋田の風景は
なんとなく似ているから伝わるかもと思ってのとっさの判断だった。
うたいきった後に
司会の三浦さんが泣きながら登場してくれた。
これには私ももらい泣きしそうだった。
打ち上げもこの日はミラクル連発。
町の青年部に伝わる
エロい踊りで死ぬほど笑ったり
いろんな方からいろんな話をたくさん聞けたり。
気がついたら夜が明けていた。
翌日、成瀬さんに
羽黒山を案内してもらいながら
インタビュー。
後半は星野さんにも来てもらい
その流れで大聖坊へ。
奥さんのまきこさん特製、
赤かぶの甘酢漬けを頂きながら(ほっぺたがおちるほど美味しかった!)
星野さんにもインタビュー。
この様子はバッチリこてっちゃんが映像に納めてくれて、
ナビゲーターななちゃんが進行してくれて、
肩の力が抜けた、
すごくいい話をたくさん聞けた!
このへんのことは
「DEEP JAPAN 第1号」
でまとめあげたいと思いますので
乞うご期待!
チームDEEP JAPAN、成瀬さんと星野さんを囲んで。
(バックは月山!)
お二人とも、前日の疲れも残る中、貴重な時間をありがとうございました!
※写真はななちゃんから拝借
さて一路、東京へ帰る一行だったが
途中のサービスエリアで外に出た瞬間、
土の匂いがぷわんとして、
なんだかその匂いを嗅いだら
無性に寂しくなってしまった。
音楽を突き詰める作業というのは
もはや私の日常の一部のようになっているが
もうひとつ、
私が生涯を通して探り続けて行きたいものがある。
それは私たちの国「日本」のこと。
東日本大震災の後にその想いは強くなって、
悲観的な意見もたくさん出て、海外へ移住したいと言う意見もたくさん聞く中、
それでもやっぱりこの国は美しいということを
証明したかった。
自分にできることでいいから。
その2つが
はじめてリンクできた瞬間があって
その歓喜の渦の中に
私はずっと居たかったのかもしれない。
きっとずっと忘れないであろう
たくさんの出会い。
人や土地や文化や自然や、もしかしたら神様との。
また必ず行くよ、
という気持ちを土の匂い薫る風の中に飛ばし
帰路についた。
…というわけですが。
あああああ、
まだまだ書きたいことが
たくさんある。涙
まだまだまだまだ
消化できていないってことですね。
ここにまとめられなかったことも
DEEP JAPAN 第1号にはしっかり書きたいと思います。
そしてなんと!
今週末、道志の森キャンプ場で開催される
野外フェス
「緑の山伏」で出会った坂本大三郎さんと
トークセッションすることになりました!
DEEPなJAPANのストーリー、
どんどん どんどん
つながって
続いて行く感じがあります!!
急いで作った創刊準備号も
思った以上に反響があって
なかにはビビる方からの反応もあったりして
すごく面白いプロジェクトになっていきそう!
いろんな意味で乞うご期待!
あたたかく見守ってやってね!
ではでは