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未来を描けないまま「ラブ&ピース」とは歌えなくて
昨夜は日本の奥地を勝手に研究する「DEEP JAPAN(←結成の経緯はコチラから)」の初のイベント、
浅草の村のバザールにて「新春ディープジャパン!」でした。

イベントを催すには鬼門のお正月時期、
びっくりするほどたくさんのお客さんにご来場頂き、感謝でしかないです。

イベント内容としては盛りだくさん、
東京鹿踊の皆さんが踊る鹿踊でスタートし、
アトツギ編集室のワークショップや山奥直売所、
東京鹿踊のレクチャー、
おいしい楽しい出店の数々…

夜の部は
バセルバジョンの演奏に合わせて坂本大三郎さんの神楽。
私のつたない司会ではじまった山伏・大三郎さんの日常にせまるスライドショー。
東京鹿踊の皆さんの踊り。
そして私のライブ、といった流れ。

盛りだくさんのコンテンツをどうつなげるか、
どうストーリーをつづるか、
去年から打ち合わせを重ねて来たなかで、
一番出てきた言葉は「関連性」という言葉でした。

しかし今回は「ディープジャパン」というひとくくりで
あえて関連性というところから抜け出して考え、
あらゆる部分での入り口、スタートになれば、
ということをテーマにまとめることに。
新春だしね!

とはいえ、しめくくりは私の演奏。
どうしても、そこですべてをつなげる、
点と点を線でつなぐ瞬間を作りたかった。

でも、歌いはじめたときに
すべてを歌でつなげようだなんて
はっきり言っておこがましい考えだなと思った。
それぐらい壮大なテーマ、
一生かけなきゃこりゃー太刀打ちできん、と。
改めて、自分はちっぽけだと思った。




3.11があって、世の中の流れが大きく変わって、
私たちミュージシャンや表現者は
作風や活動の仕方ががらりと変わった人も多い。
私もその一人。

だけど、自分なりの未来を描けないまま
「ラブ&ピース」なんて歌うことはできなくて
ましてや流れにのって中身のないスローガンを掲げた歌を歌うなんてこと、
そんなことをするなら死んだ方がマシだと思ってた。

そんな中、私たちは、
出羽三山の山伏、星野さんに出会って
アトツギ編集室の成瀬さんに出会って、
「緑の山伏」というイベントでライブさせてもらって、
そこで大三郎さんにも出会って。

いろんな出会いがあった中、いろんな話を聞いた中、
「日本の奥深いところから
生きるヒントや知恵を探って行く。」
なんとなく決めていたDEEP JAPANの主旨が
「これはひとつの未来の描き方なんだ」と気がついた。


発見して発表した昨日だったのかな。と翌日になって思います。
目標がバシっと定まったことがとても嬉しいし、
長く険しい道のりかもしれないけど素敵な仲間たちと
じっくりゆっくり歩んで行けるのが
楽しみでしょうがないなと思いました。

ありがとう、DEEP JAPAN。
胸をはって歩いていけそうです。


とにもかくにも生まれたての子鹿のように足をガクガクさせながら
お披露目したDEEP JAPAN。

私は上記のようなことを難しく考えて
ひとり落ち込んだり立ち直ったりするめんどくさい人間だけど、

ななちゃんやうっちーさんはすっかり酔っぱらって
「だいじょぶだぁ!入り口ダカラぁ!」だの
「魂が山形に飛んじまったぁ!」だの
笑い飛ばしてくれて
すっかり気が楽になったり。
ほんとにいいバランスで成り立っているチームだと思います。

おそらくまたゆっくりと自分たちのペースで
活動していくことになるであろうDEEP JAPAN。
どうかこれからも暖かく見守ってもらえたら幸いです。


大三郎さん、アトツギ編集室の皆さん、
東京鹿踊の皆さん、

ななちゃんの相棒、ともちや
村のバザールのお仲間の皆さん、
バセルバジョンの皆も
本当にありがとうございました。

何よりも来て頂いたお客さんの皆さん、
本当に本当にありがとうございました!



新春からこんなに考えさせられるなんて、
今年はすげー内容の濃い1年になりそうです!笑 
DEEP JAPAN | comments(0) | -
DEEPなJAPANのストーリー -後編-
後編です。
前編はコチラをどうぞ。


かくかくしかじかなストーリーで
4/27に山形の鶴岡に向かったわけなんだけれども。

今回は私たち3人に加えて
カメラマンのこてっちゃんが巻き込まれる形で参加してくれて…!


東北道から山形道に入った瞬間は
なんだか
「また来ちゃったよ!」
という感覚になったなあ。
再び最深部へ向かっている感じだった。


着いたイベント会場、
鶴岡市のまちなかキネマは新しい映画館で
素敵なところだった。

イベントは2日間で、
1日目は映画「スケッチオブミャーク」の上映とトーク、
2日目は上映とトークと私のライブという流れ。

1日目から大盛況でチケットはソールドアウト。
会場にはたくさんのお客さん。
老若男女、
若くてオシャレな男女も多くって
活気がものすごかった。

夜、
成瀬さん宅で
アトツギ手帳の編集部の方々も交えて
(庄内の食文化の魅力や民芸品の跡継ぎなどが編集された素晴らしい冊子です!
私もこの日購入!)
お酒を呑む。

興味深すぎる話ばかりが縦横無尽に飛び交う。

山伏の歴史や
庄内の忘れ去られそうな文化
さらに
キツネやタヌキが人を化かす、ということが今でも信じられている

などなど。

私の頭はどの話も聞き逃したくなくて
どの話もすみずみまで理解したくて
常にフル回転。
パソコンでいえばずーっとファンが回っているような状況だった。

その夜、とっても不思議な感覚になった。
それは何かというと
「この数日間が終わるのが寂しい」
という、感覚。
馬鹿みたいな話なのだが
はじまったばかりなのに
寂しい気持ちになっていた。

帰り際寂しくなったりということはあるのだが
はじまったばかりで寂しいという気持ちになったのははじめてである。

曲を作る時に「寂しさ」を掘り下げることが多いので
いつしか自分に芽生えた「寂しい」という気持ちを分析するようになってしまっていて、
まさにこの日は
「メモメモ!」
と自分の中の研究者が叫んでいるようであった。

それだけ
「終わらないでほしい」
と思っていたのかもしれない。



翌日、ライブ当日。

チケットはこの日もソールドアウト。
成瀬さんの意気込みがビシビシ感じられた。

イベントの締めくくりに私のライブ、
ということだったので
しっかりやらなければ
と身がひきしまる。

PAをしてくれる内田さんとともに
入念なリハーサル。
少しずつ気合い注入。
だんだん調子があがってくる。


ライブ前にトークセッションがあり、
私も参加させて頂いた。
フニャフニャな受け答えしかできなかったが
ここでも興味深い話がたくさん聞けて
ステージに居ながらもじっと聞き入ってしまった。



そして本番。

なんというか
この日のライブは
独りで演奏しているが
独りじゃない気がした。

もちろん、内田さんがバッチリなPAをしてくれて
気持ちよい音環境で歌えている、というのが
そもそも「独り」じゃないってことになるのだが

歌いながら、力がみなぎってみなぎって
そのみなぎった力が空へズバーーンと抜けて行く感じがあって
私は、何かと何かの間にある「媒体」のようなものなのかもしれない、
と歌いながら思った。


実はこの日のために
曲を1曲作っていた。
私はいつも消化できない思い出や感覚を曲に落とし込むことで消化する、という傾向があり
今回は誰から頼まれているわけでもなかったのだが
曲を作らなければならない!
という気持ちになったので
急いで作った。

曲名は
「緑と赤と青」

緑=羽黒山
赤=湯殿山
青=月山
という地元の人ならば一発で理解できる出羽三山カラーである。


歌詞は以下の感じ


「緑と赤と青」

緑の社と赤い岩
青い山脈とお月様
鳴り響くほら貝
いにしえの道

古びた巨大な五重塔
太古の森にそびえ立つ
鳴り響く雪下ろし
いにしえから続く

忘れてしまったものがここにはあるよ
私の体なくなっていくかのようだ
ホーライホーライホーラ ホーライヤイヤー

昔々のお坊さま
生きたまま土に入ったとさ
溢れだす涙
いにしえの教え

豊かな時代に生まれて
見えなくなったものがあるよ
私たちに何が
できるのだろう

なくしてしまったものがここにはあるよ
私の体なくなってゆくかのようだ
ホーライホーライホーラ ホーライヤイヤー
ホーライホーライホーラ ホーライヤイヤー

鳥は飛ぶ
風はざわめく
山の上で
大事なこと分かりかけてる

ホーライホーライホーラ ホーライヤイヤー
ホーライホーライホーラ ホーライヤイヤー
ホーライホーライホーラ ホーライヤイヤー



ライブ後に
地元の方から、「この曲を聞いて出羽に生まれてよかったと思った」
というような感想を頂き
すこぶる嬉しかった。 



ライブ本編が終わり
その後アンコールを頂いた。
予想していなかったわたしはうろたえたが

秋田のために作った曲
「うつくしい秋田」を
「うつくしいふるさと」に歌詞を替えてうたった。

庄内の風景と、秋田の風景は
なんとなく似ているから伝わるかもと思ってのとっさの判断だった。

うたいきった後に
司会の三浦さんが泣きながら登場してくれた。
これには私ももらい泣きしそうだった。

※写真はIDEHA Creation三浦さんのFacebookページから拝借



打ち上げもこの日はミラクル連発。
町の青年部に伝わる
エロい踊りで死ぬほど笑ったり
いろんな方からいろんな話をたくさん聞けたり。
気がついたら夜が明けていた。



翌日、成瀬さんに
羽黒山を案内してもらいながら
インタビュー。

後半は星野さんにも来てもらい

その流れで大聖坊へ。
奥さんのまきこさん特製、
赤かぶの甘酢漬けを頂きながら(ほっぺたがおちるほど美味しかった!)
星野さんにもインタビュー。

この様子はバッチリこてっちゃんが映像に納めてくれて、
ナビゲーターななちゃんが進行してくれて、
肩の力が抜けた、
すごくいい話をたくさん聞けた!


このへんのことは
「DEEP JAPAN 第1号」
でまとめあげたいと思いますので
乞うご期待! 


チームDEEP JAPAN、成瀬さんと星野さんを囲んで。
(バックは月山!)
お二人とも、前日の疲れも残る中、貴重な時間をありがとうございました!
※写真はななちゃんから拝借



さて一路、東京へ帰る一行だったが

途中のサービスエリアで外に出た瞬間、
土の匂いがぷわんとして、
なんだかその匂いを嗅いだら
無性に寂しくなってしまった。


音楽を突き詰める作業というのは
もはや私の日常の一部のようになっているが
もうひとつ、
私が生涯を通して探り続けて行きたいものがある。
それは私たちの国「日本」のこと。
東日本大震災の後にその想いは強くなって、
悲観的な意見もたくさん出て、海外へ移住したいと言う意見もたくさん聞く中、
それでもやっぱりこの国は美しいということを
証明したかった。
自分にできることでいいから。

その2つが
はじめてリンクできた瞬間があって
その歓喜の渦の中に
私はずっと居たかったのかもしれない。


きっとずっと忘れないであろう
たくさんの出会い。
人や土地や文化や自然や、もしかしたら神様との。

また必ず行くよ、
という気持ちを土の匂い薫る風の中に飛ばし
帰路についた。






…というわけですが。

あああああ、
まだまだ書きたいことが
たくさんある。涙

まだまだまだまだ
消化できていないってことですね。

ここにまとめられなかったことも
DEEP JAPAN 第1号にはしっかり書きたいと思います。






そしてなんと!
今週末、道志の森キャンプ場で開催される
野外フェス
「緑の山伏」で出会った坂本大三郎さんと
トークセッションすることになりました!

DEEPなJAPANのストーリー、
どんどん どんどん
つながって
続いて行く感じがあります!!


急いで作った創刊準備号も
思った以上に反響があって
なかにはビビる方からの反応もあったりして
すごく面白いプロジェクトになっていきそう!





いろんな意味で乞うご期待!
あたたかく見守ってやってね!

ではでは
DEEP JAPAN | comments(0) | -
DEEPなJAPANのストーリー -前編-
GW前半の4/28に山形県の鶴岡市でライブがあった。


それには
一言や二言では語れないストーリーがあったのだった。


まずは
「DEEP JAPAN」
という謎の会について説明をするところから始めなければ行けないんだけど。
 

「DEEP JAPAN」、
この団体は
日本の奥深くを好き勝手に研究してみよう
というふざけた集まりで


事の発端は
去年南伊豆にライブをしに行くときに
同行してくれた
レコーディングエンジニア内田さん(わたしの音源ほぼ録ってもらってます)と
ライターななこちゃん(現在は浅草にある週末カフェ、村のバザールも営んでらっしゃいます)
に車の中で
「あたし、日本の奥地に興味があんだよね」
ということを打ち明けたところ
2人ともえらい同調してくれて
(ななこちゃんに至っては私の趣味である奇祭めぐりまで同調、
マニアックな怪しい祭りの情報を共有できる友達なんて、今まで居なかったので興奮!)

その数ヶ月後に
盛り上がった一行は
出羽三山へ旅に出てしまうという…。

目的は
「即身仏を見に行こう!」
「山伏に会っちゃおうよ!」
という極めてポップな
軽はずみすぎて怒られそうな
そんな理由だった。


初夏の出羽は
ちょうど田植えが終わって少ししたぐらいで

いい風景ばかりだった。



ななちゃんのお世話になってる方から
羽黒山の宿坊、大聖坊をご紹介を頂き

2泊ぐらいして
衝撃のおいしさの精進料理や、
これまた忘れられないおいしさの山菜をご馳走になったりした。
(今でも考えるとお腹がすいてくる…)


宿の主であり、山伏である星野さんに
羽黒山や湯殿山、
日月寺、
鳥海山の麓の
昔の宿坊街なんかを
案内して頂き、

そのとき
星野さんが
「うたってみたら、この先の音楽人生、よりいいもんになるぞ〜〜」
なんつって
各地で奉納演奏をさせてくれた。

手ぶらだったので
アカペラ独唱で。

各土地、各1曲ずつしか歌っていないはずなのに
それはそれは、3時間のロングセットを3回やったぐらいの疲労感で
どっぷり疲れ
移動中の車の中で
疲れ果てて眠りこける
という状態になった。

神様となのか
自然となのか
対人間ではない何かとセッションしている気分で
生命力をむちゃくちゃ使ったような
不思議な感じだった。

今でもあのときの体験は
うまく説明できない。


滞在最終日に
内田さんのお仕事仲間の方(なんと大聖坊に昔修行しにきていたことがあったとか!)に
羽黒でいろいろな企画を催している山伏の成瀬さんを紹介して頂き、
帰り際尋ねさせてもらった。

その日出会った成瀬さん。
ものすごくアツい人で
かっこよくって!

私たちは
いろいろな面白い話をきいたり
山伏のことについても
少しきくことができたりした。

私はそのとき、前日の奉納演奏がぜんぜん消化できてなくて
疲れきった状態だったと思うけれど
なんだかそのときに
爽やかな風がぴゅうと吹き抜けた気がして
まあなんというか
ビビッ!ときて
ああ、なんだかこの土地や
ここに住む人たちや
ここの文化を守ろうとする人たちと
この先関わって行きたいなあと思ったんだよね。
なんとも不思議な話なんだけれども。

だので
後日、星野さんご一家と、成瀬さんに
CDを送ったのだった。
あのかっこいい人たちに聴いてもらいたい!
というそんな感じで。
ファンですね。
完全に。


それから約10ヶ月、

自宅でボケーっとしてたら

なんと成瀬さんから
出羽で開催する「緑の山伏」というイベントで歌って欲しいという
興奮して鼻血がでそうなご連絡があり

そんなご縁で
今回GWはじまりに鶴岡へいってきたのです。

って前置きなげー。

ちなみにここまでのいきさつは
こないだ作ったフリーペーパー「DEEP JAPAN 創刊準備号」に載せてます。


長過ぎたので
いったん終えます。

後編へつづく…

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